「すいません」という日本語について

Last-modified: Wed, 21 Jul 2010 07:07:39 JST (2895d)

 随分古い話だが、この変な日本語を流行らせたそもそもの張本人は、林屋三平という名の落語家なのである。ああ、そうだったなと、あのアクの強い独特の語り口や、もじゃもじゃの髪を掻きむしる仕草を懐かしく思い出せる人もあるだろうし、そう言えばそんな名前の落語家がいたようだなといった程度の記憶の人も、また、こぶ平なら知っているが三平は知らないという人も当然いて、今はその世代の方が多いに違いない。最近の新聞によれば、二代目の林家三平の誕生も近いらしい。

 いつ頃のことだったろうか。出張などで東京に行くとなるべく時間を見つけて、新宿の末広亭という寄席に行くのが当時の私の慣しだった。たしか三平がトリを務めた時だったと思うのだが、この日彼は飛んでもないことをやった。話の内容は全く覚えていないが、演じ終わって楽屋に戻りかけてヒョイと後戻りをしてきた三平は、なんと、たった今語り終えたばかりの落語のオチの解説を始めたのである。思ったほど受けなかったので、客がオチを理解できなかったと思ったらしい。想像もつかない意外性が受けに受けてヤンヤの大喝采だったが、変な幕切れだったなという後味の悪さも強烈に残った。

 さて、三平が流行らせた頃「すいません」という言いかたをした人は、この言葉が日本語として間違っているのは十分承知の上で冗談として使っていたわけだし、言われた相手の方も言った人間がふざけて使ったのだということは承知のうえでニタッと笑って応えていたのだから、その頃は何も問題はなかった。しかし、今はどうだろうか。本来の「すみません」を使うべき真面目な場面で「すいません」と言っているのに、それが間違いであることにも気付いていない場合があるのではないか。言葉というのは想像以上の速さで変遷するもので、例えば、「ぜんぜん」の次には否定が続くのが本来の用法らしいのだが、そこに肯定を意味する言葉が続いても「ぜんぜん平気」なご時勢になってしまったらしい。

 しかし、「すいません」は絶対に許したくない。初代林家三平を知っている世代の人たちにだけ特別に使用が許される「冗談日本語」の侭であって欲しい。若い人が誤りとは気付かずにテレビの画面でしやべったり、特に、マスコミ関係者たちが字幕に使用して日本語を攪乱するなど、言語道断な行為である。