「悲愴」-1.12

Last-modified: Wed, 16 Jan 2008 09:49:29 JST (3868d)

 ムジークフェラインで、ヴィーン交響楽団を聴く。最前列の右6番の席、位置としてはフォルクスオーパーの「魔笛」の時とほぼ同じ。ちょうど眼の高さがステージの床面で、目の前50cmくらいのところにヴィオラがいる。日本でも聴いた経験のないかぶりつきの席だが、思ったよりもバランスは良い。木管がやや頭の上を通り過ぎる感じか。当然のことだがヴィオラはやや聞こえ過ぎる。

 最初のメンデルスゾーンの「Die Hebriden Op.26」は「フィンガルの洞窟」だった。作品番号を覚えていなかったので、プログラムの譜例を見て初めて判った。日本語の「フィンガルの洞窟」は意訳なのだろうか。コンマスの表情とボーイングに見惚れながら聴いた。一つ一つの音の重さ軽さが、ボーイングのスピードで見事に弾き分けられる。まさに歌っている。弦楽器の奏者に言わせれば当然のことなのかも知れないが、オケのコンマスの顔を真近に正面から見る経験をしたのは今日が初めてなので、大変印象深かった。

 2曲目はヒンデミットの「ヴィオラ協奏曲 Der Schwanendreher」で、弦はチェロ4本とバス3本にハープ、それに管楽器と言う編成の曲。独奏者の Johannes Flieder は非常に小柄な人で、高校生と言っても良いほど若い感じだが、プログラムの紹介文から計算すると35歳か。ヴィーンに来てからヴィオラ協奏曲を2曲聴いたわけだが、ヴィオラの魅力を充分に聴かせてくれた。

 休憩の後はチャイコフスキーの「悲愴」。聞き慣れた曲なので、バランスの悪さは適当に補正しながら聴ける。むしろ、ヴィオラが内声にいる時の音の動きが鮮明に聞き取れて面白かった。第2楽章の4分の5拍子のメロディーを聴きながら、この曲のヴィーン初演を聴いた E.ハンスリックが、「容易に4分の6拍子に置き換えることが出来る」と、冷たい批評を書いていたのを思い出した。ハンスリックもこのホールで聴いたのだろうか。

 「悲愴」の生演奏を聴いたのは、いつ以来のことだろうか。改めて、凄い曲だと思う。大編成のオーケストラの魅力を堪能した。第3楽章が終わった時の拍手は全くなし、さすがにヴィーンだ。アンコールもなし。アンコールがなかったのは今日が初めてだと思うが、考えてみれば当然かも知れない。「悲愴」の第4楽章の後で演奏するに相応しい、どんなアンコール曲があるだろうか。

 もう一つ、第4楽章が終わってから拍手が始まるまでの、静寂の時間の置き方が素晴らしい。勿論、指揮者も意識的に手を降ろすタイミングを図っていたが、指揮者の手が下りてから、もうひと呼吸あってから拍手が始まった。曲によって、拍手のタイミングを考える、むしろ感じると言った方が良いのか。ブラヴォーもない。ヴィーンの聴衆は素晴らしい。

 雪道を歩いて帰りながら、寒さを感じなかった。