『ジュピター音型』について

Last-modified: Tue, 17 Aug 2010 14:25:13 JST (2747d)

 『ジュピター音型』というのは、モーツァルトが作曲した最後の交響曲、一般に「ジュピター」と愛称される曲の第4楽章の冒頭に出てくる、<ド・レ・ファ・ミ>という音型のことである。

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 『ジュピター交響曲』は主調がハ長調なのでこの場合は音名と階名は一致するが、この文章では階名として使用している。例えばト長調の曲で、この音型が主調で現れる場合の音名は<g, a, c, h>だが、移動の階名唱ではやはり<ド・レ・ファ・ミ>と読む。基本の音長はそれぞれが全音符・2分音符(2拍単位)の場合が多いが、付点2分音符の場合もある。

 かなり前から、聴いた曲(勿論モーツァルトの作品)にこの音型が現れるとメモしては来たが、このことについて文章に纏めようと思ったのは今回が初めてである。また、このことについて触れた他人の文章を読んだことは幾度かあるが、この音型が含まれるのは全部で○○曲、といった具合に総括的に纏められた文章に出会ったことはない。

 結論から言うと、一応13曲としておく。ここに取り上げている曲の他にも、この音型の変形と考えていい場合がかなりある。

 しかしこれには、幾つかの但し書きを必要とする。

 *この集計には、原則として変形されたジュピター音型は含まれていない。すなわち、4つの音は同じ音長(同一の拍数)である。ただし、最後の(4番目の)音に限っては他の3つの音とは違う長さを持つ場合がある。

 *4つの音の音程関係は3つ目の音までは総て同一だが、3つ目の音と4つ目の音との音程関係は、短2度の場合と長2度の場合とがある。この音型が長調で現れる場合は短2度、短調で現れる場合は長2度になるわけで、これは変形とは考えない。 

 *ある多楽章の曲(同一曲)で、複数の楽章(例えば第1楽章と第3楽章)にこの音型が用いられている例はない。

 *総ての曲を通して、1回だけ現れるという例はなく、用いられている場合は同じ楽章内で必ず複数回現れる。

 以下、曲名と譜例を列挙し、若干の説明を加える。

交響曲第1番B-Dur K16

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 第2楽章(主調はc-Moll)の7-10小節及び14-17小節に、反復を含めて4回、いずれもEb ホルンに現れる(従って記譜はin C)。現存する最初の交響曲であるこの曲に、最後の交響曲である『ジュピター』に現れる音型が既に用いられていることに、ある、宿命的な連鎖を感じる。

交響曲B-Dur K45b

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 第1楽章の25-28、29-32、62-65、66-69、(70-73)、80-83、84-87小節のいずれもバスに。属調で3回、主調で2回、(不完全だが下属調で1回)、平行調で1回現れる。この曲の第1楽章は3/4拍子なので、音長は付点2分音符になっている。

交響曲第33番B-Dur K319

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 第1楽章の143-146、151-154小節に、また159小節から178小節までに連続5回で計7回、主としてヴァイオリンに現れる。属調(2回)、主調(2回)、下属調(1回)、他にG-Dur(1回)、C-Dur(1回)でも現れる。

交響曲第41番C-Dur K551「ジュピター」

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 第4楽章の冒頭から始まって、圧倒的迫力で楽章全体を支配する。

ピアノ協奏曲第5番D-Dur K175

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 第1楽章の17〜(主調で連続2回、バスに)、67〜(属調で連続2回、第2ヴァイオリンに)、184〜(主調で連続2回、独奏ピアノの左手及びヴィオラに)小節に、計6回現れる。この楽章には、反復記号は用いられていない。

ピアノ協奏曲第12番A-Dur K414(385p)

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 第1楽章の71-74、204-207小節に、いずれも主調で第1ヴァイオリンに現れる。但し、独奏ピアノが弾く第1主題の対位旋律になっているので、聞き逃し易い。

5つのディヴェルティメントF-Dur K439bの4

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 K439bは3本のバセットホルンの為の、それぞれが5つの楽章を持つ5つの曲の集合体だが、その第4曲の第1楽章の5-6、9-10小節に、いずれも主調で現れる。ジュピター音型に対する他の声部の動きについては他にも触れている譜例があるが、この曲はその好例なので総譜の形で示す。なおこの楽章の後半にも前半と全く同じ形で現れるのだが、この部分、NMAの楽譜では省略記号(Vi-de)の範囲に含まれているので、演奏されない場合もある。

ヴァイオリンソナタEb-Dur K481

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 第1楽章の展開部になって初めて、105〜(下属調で)、109〜(属調で)、113〜(平行調で)に連続して3回、いずれもヴァイオリンに現れ、さらに楽章の終わり近くになって、238小節から主調でもう一度、計4回現れる。この曲での現れ方は、他とは違った特徴を持っている。譜例は238小節からのもの。

ミサF-Dur K192(186f)

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 クレド楽章の冒頭、合唱の部分に譜例のように主調で現れてから、11-12(属調でソプラノに)、27-28(平行調でソプラノに)、29-30(平行調でバスに)、36小節からは、36~37(G-Durでテノールに)、37-38(属調でバスに)、38-39(主調でソプラノに)、39-40(下属調でアルトに)というように、2つの声部が重複した形で現れる。  以下の例示は省略するが、これまでに現れていない調が出現したり、110小節以後は、3つ目の音のリズムが付点4分音符+8分音符に変形し、4つ目の音は幾つかの音型に変形して現れる。最後の138-139小節は、譜例の3小節目からのように静かに終わる。

ミサC-Dur K257

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 サンクトゥスの冒頭及び5-6小節の、どちらもソプラノに現れる。対応するバスの動きが少し違うので、譜例に併記する。

ディクシットとマニフィカートC-Dur K193(186g)

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 マニフィカートの冒頭から頻発する。(譜例は冒頭のテノール、及び78〜のソプラノで示す)但しこの曲の場合は、つねに幾らか変形した音型で現れる。

ヴェスペレC-Dur K321

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 ディクシットのいずれもソプラノに3回、変形して現れる。51-54、76-79、84-86。ジュピター音型の変形の例として取り上げる。

教会ソナタD-Dur K144(124a)

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 前半に2回、後半に5回、それぞれ反復すると計14回、いずれも主調で、オルガンの左手及びバス楽器に現れる。

J.Haydnの交響曲第13番D-Dur

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 第4楽章の冒頭からこの音型が、主調を含めて5つの調に現れる。属調(A-Dur)、主調(D-Dur)、下属調(G-Dur)、2度調(e-Moll)、3度調長調(Fis-Dur)の5調であり、主調と属調は繰り返し、下属調、2度調それに3度調長調はそれぞれ1回現れる。

 ハイドンがこの曲を作曲したといわれる1763年にはまだ7才だったモーツァルトは、交響曲はまだ1曲も作曲していないので当然なのだが、『ジュピター音型』という名称もまだ生まれていない。しかし、ハイドンが『この音型』を、意識して使ったことは明白である。

 この例によって分かるように、『ジュピター音型』は、モーツァルトが発明したものではなく、モーツァルトだけが用いたものでもない。この音型が用いられた最も有名な曲の『愛称』が、(ジュピターという曲名はモーツァルトがつけたものではなく、ロンドン辺りから使われ始めたものらしいが、いかにもこの曲に相応しい愛称だと感じる)音型の名称として定着したわけである。この音型の起源が何処にあるかを確定するのは不可能としても、幾らか辿ってみたい気はする。