『手作り』という言葉について

Last-modified: Tue, 18 Dec 2007 15:28:32 JST (4012d)

 以前は好きな言葉だった。何となく温かみがあって、作った人の心が籠っていそうな気がしていた。しかし、だんだんからくりが見えてきて、好きでなくなった。『手作り』の品と言えば、売れ行きが良い、あるいは高くても売れる、そんなからくりに利用されているだけだと感じ出したのである。面白いことに、車を手作りであるとはあまり表現しない。コンピュータも手作りとは言わない。どちらも要所要所では人の手も加えられているのが当然なのだが、手作りとは言わないのである。手作りの車と言ったり手作りのコンピュータなどと言うと、何となく「古い物」というイメージが付いて回るような気がするのだろう。要するに、売れ行きが良くなるとは考え難いからなのである。

 ところがおかしなことに、「ハンドメイド」とカタカナで言うといくらか感じが変わってくるような気がする。『手作り』という日本語が持つ温かさには欠けるが、なんとなく高級感があって高く売れそうに思えるらしい。このあたりがカタカナ日本語の氾濫する原因の一つだろうか。