ある日のムジークフェライン

Last-modified: Tue, 05 Feb 2008 10:02:42 JST (3668d)

 5月7日、国立劇場前売り所で、14日の「ヴィーン気質」の券を300シリングで買った。これでヴィーンでぜひ観たかったものが出揃ったことになる。後はオマケということか。

 11時からムジークフェラインで行われるハイドンの「四季」、券を買い損ねていたのだが、試しにと当日券を狙ったら、500シリングとやや高いが、あった。1階 roge の2列目だったが、1列目は空席で、平土間の客を見下ろしながら、目の前の演奏者の様子がよく見える、殿様気分になれる席だった。休憩の後は1列目に移動して聴いた。「四季」をステージで聴くのは勿論初めての経験で、素晴らしい拾い物をしたものだ。

 指揮者の Xaver meyer はいかにも合唱指揮者といった感じで、実に丁寧。オケの連中にとってはやや親切過ぎるところもあったかもしれないが、2時間半、オラトリオを堪能した。一時帰国で聴き損ねた「マタイ受難曲」の埋め合わせが出来たような気がする。

 帰るとすぐ、野間のお父さんから電話があった。無事帰国されたとのことで、プラハやブタペストの良さを熱っぽく語っておられた。ヴィーンで音楽に接する機会があれば、もっと良い旅になったのではないかと、惜しまれる。十美子からも電話があり、お母さんから電話があったとのことだった。

 15時から、ムジークフェラインの大ホールで、ヴィーン交響楽団を聴いた。ムジークフェラインで1日に2度も演奏会が聴けるなど、贅沢の極みだと思う。

 2階正面の3列目。私が席に座ると、辺りの人が一様に怪訝そうな顔をした。チケットの番号を確かめてみたが、間違ってはいない。左隣の老婦人が、「この席の Dame は病気なのか」と尋ねて来た。状況が判らず戸惑ったが、しばらくして気がついた。この演奏会はヴィーン交響楽団の定期演奏会だったのだ。

 「その婦人は知らない、私は前売り所でこの券を買ったのだ」と言ったら、「彼女はどうしたのだろうか」と、右隣の人と話していた。常に代名詞だったのでその婦人の名前までは知らなかったようだが、いつも同じ席に座る定期演奏会の会員同士なので、なぜ来ないのか気になったのだろう。

 休憩の時、老婦人が話しかけてきた。「この演奏会をどう思うか」「素晴らしい」「そう、ヴィーン交響楽団は素晴らしいオーケストラだ」「私もそう思います」「このホールは初めてか」「いや、度々来ています」「このホールは素晴らしいホールだろう」「はい、そう思います」など。

 私がヴィーンに住んでいるのだと知って、「ホテルか」「いいえ、住居を借りています」「それが良い、ホテルは高いから」となって、結局、「Großmutter(おばあちゃん)からのプレゼントだ」ということで、モーツァルト・クーゲルンを1個貰った。私を何歳だと思っているのだろうか。

 定期会員は全員が貰えるのだそうだが、来ていない人の分まで貰えるはずはない。おばあちゃんは自分のものを私にくれたわけだ。80は遥かに超えているだろう。母と同じ年頃かも知れない。ショスタコヴィッチの途中からは居眠りをしていたが、フォルテになるとハッと目を覚ます。母と一緒に演奏会を聴いているような気分で、心温まる出会いだった。