ノイシュヴァンシュタイン城-7.20-

Last-modified: Mon, 19 Jul 2010 14:36:59 JST (3011d)

 ザルツブルクから列車で、憧れのノイシュヴァンシュタイン城へ。生まれて初めての、列車で国境を越える経験をしてドイツ領内に入る。ミュンヘンの中央駅は巨大で、ホームが36番まである。駅の案内所に置いてある行き先ごとの時間表は無料だが、見易くて大変便利だ。

 ミュンヘンからフュッセンまではロ−カル線で、絶えずユーモラスな警笛を鳴らしながら、のんびりと走る。放牧が多いのに柵のないところもあるので、牛を追うのが主な目的なのかもしれない。バイエルンの農村風景を楽しみながらの旅は快適。

 フュッセンからはバス。谷間を抜けてしばらく走ったところで、右手遠くの山の上に忽然と白い城が現れる。一般の路線バスだから案内などないのが当然だが、長年憧れていたノイシュヴァンシュタイン城の出現にしては、かなりあっけない感じがした。

 バスを降りたところで日本人の男性に会い、城に入る待ち時間が2時間程度は必要だと聞かされる。列の中に日本人がやたらと多い。向こうでもそう思っているのだろうと思うと可笑しい。実際には約1時間か、案内が英語か独語かによって列が分かれていて、短い方の独語の列に並んで幾らか時間を節約出来た。

 城の中の案内人の説明はテンポが早く、かなり大勢の集団だったこともあって、予備知識のあることに関する説明以外はあまり聞き取れない。途中から意図的に案内の集団から離れて、この城の由来などを十美子に説明しながら、二人で勝手に歩いた。ベランダから見下ろすホーエンシュヴァンガウ城や、幾つかの湖、のどかな村落などの美しい風景は、案内人に急かされながら回っていたら、楽しむことは出来なかったろう。

 この城の中を歩いていると、リンダーホーフ城、ヘーレンキームゼー城など、城を造ることに異常な執着を持ち続けたバイエルン王ルードヴィヒⅡ世の、最後の執念の結晶であることをしみじみと感じる。各部屋の壁画とヴァーグナーの楽劇との関係は、「タンホイザー」や「ローエングリン」以外は良く判らないが、まさに鬼気迫る感じだ。

 この城を見に来る日本人(日本人には限らないが)の中でどれほどの人が、ルードヴィヒⅡ世の生涯について、王とヴァーグナーとの関係について、有名なバイロイト歌劇場もこの王の財政的援助があってこそ建築され得たのだということなどを知っているだろうか。

 莫大な築城経費によってバイエルン王国の財政を破綻させたルードヴィヒは、狂王の烙印を押されてこの城で捕らえられ、幽閉されていた館近くの湖畔で謎の死を遂げる。その因縁の城が今、世界に冠たる観光地としてバイエルン州の財政を潤沢にしているのは皮肉なことだ。

 美しい城の全景を見渡せるマリーエン橋で、日本の若い女性の2人連れに出会い、シャッターを押して貰う。

 フュッセンに引き返し、雨の中を駅近くで宿を探そうとしたがコンピュータの操作に自信がなく、発車間際のミュンヘン行きに駆け込む。車掌にヴィーンまでの列車はあるかと聞くと、夜行があると言う。寝台だけでなく普通の座席もあるということなのでその列車に決め、ミュンヘン駅前の鳥料理の店で夕食。

 列車はブタペスト行きで、我々の乗った車両はハンガリーのものだった。寝台の巾がそのまま2人掛けの座席になっているのでゆったりはしているのだが、座席での夜行列車の旅は学生時代以来のことか、ずいぶん久し振りなのでかなり疲れた。