マーラーの交響曲 -6.12

Last-modified: Tue, 20 Jul 2010 16:28:33 JST (3010d)

 コンツェルトハウスの大ホールで、SWF-Sinfonieorchester Baden-Baden ほかの演奏を聴いた。ヴェーベルンのカンタータを2曲、合唱は「Südfunk-Chor Stuttgart」。この合唱団だけの演奏会もあったのだが、バーデン-バーデンのオケと一緒に聴けるならと、抱き合わせで聴くことにしてしまったのは失敗だったかも知れない。

 実力のある合唱団だということは良く判るが、合唱を堪能したとは言いがたい。2曲目の最後でやや長い合唱の部分があって、そこでやっといくらかの充足感を味わった。ヴェーベルンは相変わらず、凝縮された緊迫感があって聴きごたえはあるのだが、合唱を楽しみにしていたにしてはやや呆気ない感じだった。同じヴェーベルンの、「オーケストラのための変奏曲」は、やや細切れ過ぎて印象が薄いが、せっかくヴェーベルンの面白さが判りかけたところなので、できればCDで聞き直してみたい。

 マーラーの「交響曲第5番」は素晴らしかった。指揮者の Ingo Metzmacher の、熱の籠った的確な棒裁きも見事。全曲を通して活躍したトランペットソロの若い奏者は、凄いテクニックの持ち主だ。朗々と響き渡るずっしりと腹に応えるフォルテの直後に、ファルセットのような高音の見事なピアニッシモを聞かせる。

 ホルンの1番を吹いた女性も凄い。体中を使って、とても女性とは思えない凄い音を出す。このオケはオーストリアのオケに比べて女性の数が多いのが目立つ。世界的にはむしろ、この程度は女性がいるのが普通なのだろうが、ヴィーンのオケを見慣れているとそう感じてしまう。ヴィーンフィルもそろそろ、女性差別を止めた方が良いのではないかと思う。

 5番を聞くのは5月20日のヴィーン交響楽団に次いで2回目だが、これは素晴らしい曲だ。まだマーラーの交響曲を全部聴いたわけではないが、この5番が、今のところ私の一番好きな曲と言って良いと思う。70分間を、長さを気にせずに聞き惚れることができた。マーラーはまだごく僅かしかCDを持っていないが、あるいはこの曲あたりが次の一枚になるのだろうか。

 母が逝ってから、私の隣,あるいは前、周囲に空席が目立つ。母が天国からヴィーンに来て、私の隣に座って聴いているのだと感じるようになった。いつか母が、「西洋音楽はどれを聞いても同じようで、区別が判らん」と言っていたのを思い出す。私が聞くとどれも同じように聞こえてしまう『ご詠歌』について話をしていた時のことだ。

 母は今日も私の左隣の席で、「西洋音楽はみな同じに聞こえる」と感じていたのか、「毎日聞いていると結構良いものだな」と思ってくれたのか。やはり死に顔を見て送りたかった。

 (注)ヴィーンでの滞在期間が残り少ない頃になって、意識的にマーラーを聴いた。マーラーの交響曲の長さに対する耐性をつけたいという不純な理由からだが、幾らかは克服できたようにも感じ、また、この日記抄のどこかでも触れたことだと思うが、ハイドンやモーツァルトの後期の交響曲の時間的長さに、いまだに拘っている自分を感じることもある。

 2番と5番を2回ずつ、3、6、7番を1回ずつ、延べ7曲聴いたことになるわけだが、あのヴィーンの頃以後、私とマーラーとの関係は、現在まで殆ど変わっていない。ブルックナーやショスタコビッチとの関係もやはり同様で、なかなか近付くことができないと感じている。(2008.2.6)