マーラーの命日 -5.18

Last-modified: Tue, 20 Jul 2010 12:25:07 JST (3010d)

 国立劇場前売り所で、25日の「ボエーム」の券を買った。桟敷席の2列目で見えにくい所のようだが我慢しよう。フォルクスオーパーで良く見掛ける案内係の人がいたので試しにと思って、今日の小沢のポスターが欲しいのだが、と言ったら、待っていろと言って持って来てくれた。いくらだと聞くと金は要らないと言う。丁寧に輪ゴムまで添えてくれた。有り難い。何でも言ってみるものだ。

 王宮とグラーベンの間にあたる辺りを歩いた。ハイドンが「皇帝讃歌」を書いた家、ショパンが滞在していた場所など、いくつかを撮影。初めてカフェ・ラントマンに行き、テラスでメランジュを飲んだ。陽が差したり翳ったりの天候、リンク通りの街路樹の若葉が美しい。目の前がブルク劇場の側面で、市役所、国会議事堂などの建物も見える。素晴らしい位置だ。

 リンク通りには沢山の車や電車が行き交っているが、路が広いせいか、大都会の喧噪の中にいるとは感じない。雀が寄ってくる。特にパンの器が置いてある席には、必ず何羽かが寄って行く。誰も追い払おうとはせず、小さなかけらを与えている。ここでは、人間と雀が見事に共存している。

 一度帰り、今日の収穫をチェック。福原氏の著書に丸印がかなり増えた。「皇帝讃歌」がドイツ国歌になるまでの経緯、特に歌詞の変遷と、現在のオーストリア国歌(伝モーツァルト作曲)の制定の経過が知りたい。エヴェリンさんが、「オーストリア人は馬鹿だから、ドイツに取られてしまった」と嘆いていたのを思い出す。

 19時からシュターツオーパーで、小沢征爾の指揮するヴィーンフィルの演奏で、マーラーの「交響曲第2番」を聴いた。かなり早く行き、マルモアザールで煙草を吹かしながら観察していたが、ポスターが飛ぶように売れている。日本人も勿論多いが、地元の人も次々に買う。朝貰っていて良かったと思った。

 私と同じ年頃に見える日本人の夫婦2組がやって来て、旦那方がそれぞれポスターを買った。婦人方が隣のソファに座ったので、今日のポスターは額縁に入れて飾る意味がありますよと言ったら、キョトンとしている。今日はマーラーの命日で、特別公演だから黄色の紙を使ってあるのですと説明して、「Todestag」の意味を教えてあげたら、感激してしっかり礼を言ってくれた。

 小沢征爾は凄い。ヴィーンフィルもシュターツオーパーの合唱団も凄い。今日は長いと感じなかった。アゴーギクが一々納得できた。身を乗り出してやっと指揮者が見える、約半分しか演奏者の見えない席だったが、手摺に肘をついて覗き込むようにして聞く90分が、あっという間に過ぎた感じがする。

 120シリングで、小沢征爾の指揮するヴィーンフィルを聴いた、これは快挙だと思った。ホルンのヘーグナーの顔が見えないと思っていたら、舞台裏から冴えた音が聞こえて来た。トップ奏者がこの部分を担当する方が、指揮者としては安心できるのだろう。

 右隣の席は、今年の1月から Hochschule に入ったのだという、八王子出身の感じの良いお嬢さんだった。両親もたまたま来ていて、下の席で聞いているのだとか。途中で身を乗り出すのを止めてしまったので、終わってから「長いと感じたのか」と聞いたら、正直に「はい」と答えた。「僕も3月に聞いたときは長いと感じた、昨日6番を聞いたときもそう思った」と言ったら、安心したような顔をしていた。ピアノ専攻だそうだが、正直な子だ。

 終わったのが20時半、まだ明るい。120シリングでヴィーンフィルが聞けたのだからと、それを理由にして近くのレストランで夕食。シンケンロッレをつまみにフィアテルを2杯飲んで、100シリング置いて帰った。素晴らしい1日だった。