ムジークフェライン

Last-modified: Sat, 17 Jul 2010 12:34:09 JST (2898d)

 いわゆる『楽友協会』だが、この中には二つのホールがある。一つはヴィーンフィルの本拠であり、ニューイヤーコンサートの会場として全世界に有名な大ホールである。黄金のホールと通称されるこの大ホールを特徴づけているのは、左右にずらりと並んだ豊満な乳房の金色燦然とした女神様たちで、これらは叩いて確かめてみたが明らかに鋳物だった。

 しかしこの黄金のホール、女神様以外の殆ど総ては実は『木』で出来ているのである。床も板張りだし、椅子もクッションなどない(したがって座り心地はあまり良くない)木製である。どう見ても大理石としか思えない部分は塗り方でいかにもそれらしく彩色してあるだけでやはり木なのだった。これも叩いて確かめたので間違いはない。

 木を彩色して大理石に見せ掛けるなんて、という考えは、『代用品』という日本語に馴染んでいた世代の感じ方だろう。このホールの最大の魅力は金色ではなく世界に冠たる音響の素晴らしさなのだが、その魅力を作り出しているのが他ならぬ『木』なのである。つまり、本当は大理石を使いたいのだが安く上げるために木材に彩色して誤摩化そうか、などというケチな考えによるのではなく、木の持っている音響的特性を優先した上で、その一部を大理石的に装飾したということなのであろう。

 カラッと乾いていてしかも温かい(暖かいではない)このホールの響きは、それだけでヴィーンに住んでいる意味があると感じさせる素晴らしさだった。

 ムジークフェラインの中にあるもう一つのホール、ブラームスザールの定員は約700位だったろうか。大ホールほどの華やかさはないが居心地の良いホールである。

 このブラームスザールのこけら落としには、当時のヨーロッパ屈指の大ピアニストだった、クララ・シューマン(作曲家ロバート・シューマンの妻であり、ブラームスから言えば師匠の奥さんにあたる)が招かれたのだそうで、階段を上がったところに(だったと記憶しているが定かではない)彼女のブロンズの胸像があった。このこけら落としの時にクララが弾いたピアノは、今も新王宮にある楽器博物館に展示されていて、貸してくれるヘッドホンで音を聴くこともできる。

 ブラームスザールの特等席は1階の11列7番である。偶然だが私はこの席に二度座ったことがあるから、絶対の自信を持って言える。この席の前面は舞台まで通路になっていて、客席が全くないから実に良く見えるのだ。ゲルマン系の人たちは縦横ともに大柄だから、日本人の中でも小柄な方の私にとっては、席によっては舞台が全く見えないこともあり得る。ある日その特等席に座っていたら、休憩時間に見知らぬ人が「あなたの席は素晴らしいですね」と声を掛けて来て、こちらの人にとってもやはり、見えた方が良いんだなと得心した覚えがある。

 このホールで聴いた音楽会の感想などについては、「ヴィーン日記抄」で触れる。