ラトル -3.28~30

Last-modified: Tue, 20 Jul 2010 11:46:36 JST (3068d)

 3月28日、コンツェルトハウスの大ホールで、「City of Birmingham Symphony Orchestra」を聴いた。今日が初日で3日間続くわけだが、ラトルの指揮は実に明快で歯切れが良い。今日はバーミンガムの合唱団に地元の「Wiener Singakademie」が加わった演奏だったが、シェーンベルクの 「ワルソーの生き残り」、Tippett の「A Child of Our Time」とも、見事な演奏だった。

 特に Tippett の作品は、要所要所に黒人霊歌を取り入れたオラトリオで1時間ばかりかかるものだが、大戦中にロンドンで初演された作品で、戦後50年の年に演奏されるにふさわしい内容のものだった。ブラヴォーと足踏みで、楽員が退場を始めても拍手が鳴り止まなかった。ラトルの人気も凄いようだ。明日、明後日の演奏も楽しみだ。

 3月29日、コンツェルトハウスの大ホールでラトルの2日目を聴いた。圧巻は最後のバルトークだった。これは絶対に見る音楽だ。聴いただけでも楽しめはするが、今日見ていて初めて、「Konzert für Orchester」という曲名の意味がよく判った。まさに協奏曲で、あらゆる楽器が代わり合って主役を演じる。その有様が、見ていると実に楽しい。

 ラトルは見事に絵になる指揮者だ。勿論素晴らしい音も作り出すのだが、これほど絵になる指揮者はあまり見ない。私の学生時代、N響の定期演奏会を振った時の若い頃のカラヤンの後ろ姿は、今も鮮明な印象として目に焼き付いている。タイプは全く違うのだが、妙にあの頃のカラヤンを思い出した。

 ヴィーンフィルやベルリンフィルを振っている時のカラヤンの、音楽の流れに身を任せて陶酔している姿も見事な絵だが、それ以上に私には、遠い東の果ての国のオーケストラの楽員に是が非でも自分の音楽を伝えようと、全身で奮闘していたあの時のカラヤンの棒が懐かしい。ラトルとしては気心の知れた、いわば自分のオケを振っているわけで、流れに身を任せる場面があっても良いようなものだが、それがない。年齢にもよるのだろうが、作り上げた過程も含めて、自分の音楽を常に全身で表現してみせる。リズムの切れ味のよさは抜群だと思う。特に、拍の裏からの出を示す「叩き」の切れ味が凄い。

 演奏の面ではホルンの1番を吹いた女性の出来が今ひとつだったが、今日も足踏みとブラヴォーで、アンコールで演奏されたストラヴィンスキーの「火の鳥」の終曲が終わった後、楽員が引き上げてもまだ拍手が続いていた。

 3月30日、ラトルの3日目、今日の席は2階2列目の中央で、しかも前の席が空席だった。殿様になったような気分だったが、昨日のバルトークほどの感銘はなかった。ショスタコビッチの「交響曲第8番」は、多分初めて聴く曲だと思う。山あり谷ありの変化にも富んでいて、金管の華麗な響きなど素晴らしいのだが、やや肩を怒らせた気分の曲だ。1943年という、この曲が作曲された頃の時代背景によるのかも知れない。

 それでいて、3楽章の途中で眠くなった。今日は昼寝をしなかったせいもあるのかも知れないが、ヴィーンにきてから演奏途中で眠くなったのは初めての経験だ。なぜだか判らない。第1楽章の長さが尾を引いたのだろうか。マーラーのときも感じたのだが、私の集中力は、オペラは別として1時間以上は保てぬらしい。ハイドンやモーツァルトを聴くのに慣れていた私の聴覚は、どうやら、1曲が30分前後という長さに拘っているらしい。

 終楽章の演奏が終わってから指揮者が手を降ろすまでの時間がこれほど長かったのも初めての経験だ。この場面でのラトルの気持ちはよく判る。この長い曲をピアニッシモで締めくくるためには、終わってからの静寂の時間がかなり必要で、直ぐに、ブラヴォーなどと叫ばれては打ち壊しだろう。

 しかし、知ったかぶりをして終わったらすぐに誰よりも先にブラヴォーを叫ぼうなどと待ち構えている輩はヴィーンにはいないこと、ピアノで終わる曲の場合は当然のように指揮者の手が降りてからひと呼吸おいておもむろに拍手を始めるヴィーンの聴衆の習慣を、ラトルが知っていたかどうか。ラトルが意図して設定した静寂の時間が、ほんの何秒かだが長過ぎる結果になったのではないかと思えるのだがどうだろうか。

 今日はエルガーが出るかと密かに期待していたのだが、アンコール曲はなかった。3日間通して、彼らが演奏した自分の国の音楽は、今日の前半のブリテンだけだった。

 ホールから出てみると、駐車している車の上に2cmばかり雪が積もっている。今朝は素晴らしい快晴だったが、同じ日のうちに目まぐるしく天候が変わるのもヨーロッパの気候の特徴なのだろう。