ヴィーンに住む

Last-modified: Mon, 19 Jul 2010 14:10:49 JST (2833d)

  私が当初住むつもりだったのは、ヴィーンではなくザルツブルクだった。「退職したらしばらくザルツブルクに住みます」と、かなり前から、様々な人に、ことあるごとに言ってきた。「モーツァルトの生まれ育った街で、モーツァルトと同じ四季を体験したいんです」そう言ってきた。人に言うことで、決心が鈍らないように足許を踏み固めていたと言っても良いだろう。

 だから今でも、高原が住んでいたのはザルツブルクだと思っている人がいて、時に話がちぐはぐすることがある。「いやー、実はね」ということでヴィーンに住むことになったいきさつを話すのだが、簡単に言うとこんなことである。

 ヴィーンに着いた日、あれやこれやで大変お世話になったEさんに推薦された住居を見に行った。翌日は特急で3時間ばかりのザルツブルクに行って、知人の世話で紹介されていた住居の候補を見た。両者の差は明らかだった。ザルツブルクの方は学生用の下宿といった感じで、ツインのベッドは入っているものの一部屋だけ、トイレもシャワーも台所も共用で、なんと7、8月は日本円で15万円、9月からはそれが5万円だという。夏場の音楽祭を当て込んだ、かなり見え見えのザルツブルク商法だった。

 それに比べてヴィーンの方は30平方米ばかりの、トイレもバスもキッチンも独立した住居で、地下鉄の駅まで5分ばかり、国立歌劇場やムジークフェラインに近いカールスプラッツの駅はそこから2つ目という素晴らしい立地条件だった。そんなわけで、生まれ育った街ではなく、作曲家として活躍しそこで生涯を閉じたヴィーンに住むことになったわけだが、モーツァルトと同じ四季を体験するという当初からの目的は十分に果たせたわけで、この選択は正解だったと思っている。