楽長ハイドン-8. 16

Last-modified: Mon, 19 Jul 2010 17:10:02 JST (2896d)

 中央駅からバスで、ブルゲンラント州の州都アイゼンシュタットへ。ヴィーンの街を離れると、起伏の殆どない平原を快調に走る。ラクセンブルクでかなりの人が下車する。なだらかな起伏の地形になってしばらく、ヴィーンから1時間20分でアイゼンシュタットに到着。

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 J. ハイドンが長年楽長を務めていたエスターハーザは堂々とした構えの宮殿だ。ハイドンザールで(約500名)交響曲第6番の1楽章をCD(多分)で聴く。スピーカの音も良いが、窓のための深い切れ込みが音響効果を増すのだろうか、とても良い響きがする。このホールで録音されたハイドンのシンフォニーは評判が良いのだとか、判る気がする。もう一つの小ホールは室内楽用にぴったりの感じ。この部屋で弦楽四重奏を聴いたら素晴らしいだろうと思う。

 ハイドンの作品はこれらのホールの演奏効果を前提にして、演奏する楽員たちそれぞれの力量にも配慮しながら作曲されたのだろう。特定のホールも楽員も持たなかったモーツァルトよりも、この点ではずっと恵まれた状況にあったと言えるのではなかろうか。

 ハイドン廟のあるベルク教会の周囲は、キリストの受難までのさまざまな場面を等身大の蝋人形を配置してしつらえた、立体絵画になっている。教会の中で、切符売り場のおじさんが、ここでハイドンは定例のミサを指揮し、そのための作品を書いたのだと、熱っぽく説明してくれた。楽員やその家族の生活面での面倒まで見ていた、エスターハージの楽長としてのハイドンの仕事量は大変なものだったようだ。

 ハイドン記念館を見学。ややさびれた感じがするのは隣接した建物が荒れ果てた廃屋になっているためだろうか。見学者も僅かしか居ない。この種の記念館の限界だろうか、自筆譜は殆どなく、いくらかの筆写譜と、同時代の他の作曲家のものも含めた初版本などが展示されている。ベルク教会にあった当時のオルガンの演奏台が展示してあり、ハイドンがしばしば用いたほか、1807年にベートーヴェンが演奏したと説明がしてある。かなり痛んでいて、足鍵盤などは幾度も修理した跡が見えるが、それだけに実感があった。

 4時になって遅い昼食。空腹を通り越していた我々の前に、巨大なサラダが2皿運ばれて来た。内容は予想した通りで、味も悪くないのだが、なにしろ量が凄い。悪戦苦闘の末、遂に残す。勘定の時フロイラインに、我々には多すぎたと言ったら、味はどうだったのかと聞く。美味しかった、しかし我々にとっては量が多すぎたのだと説明すると、やっと納得してくれてニコニコ顔になった。(未完)


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