私のクリスマス

Last-modified: Tue, 20 Jul 2010 09:42:05 JST (3011d)

12. 22

 -2度0度、今日も雪。昨日のシュターツ・オーパーからの帰りはみぞれだったが、夜中からまた雪になったのだろう。ベランダの手摺りに積もった高さは昨日の朝よりもやや多くて5cmくらい。同じような粉雪だが、今日の方が降る密度が濃いようだ。山岳地帯ではほぼ全域で雪。気温は-10度前後で、3000mでは-20度。

 ムジークフェラインの大ホールでバッハの「クリスマス・オラトリオ」を聴いた。全曲を意識的に聴いたのは今日が初めてで、曲の構成も知らなかった。古楽器を使用したバロックオケ(ザルツブルク・バロックアンサンブル)の響きを聴いたのも初めての経験だが、ヴァイオリンの柔らかな音色、木製のフルートのくすんだ音色など、深い味わいがある。「シェーンベルク・コール」の合唱が素晴らしい。見事なプロの響きだ。

 今日もスコアを持って来ている人を見掛けた。ヴィーンでは珍しくないのだろうが、演奏会にスコアを持参して聴く習慣は日本にはあまりないので、珍しいと感じてしまう。スコアを見ながら聴くのならCDでも、などとつい考えてしまうのだが、ヴィーンでは違うようだ。

 昨日もそうだったが、ヴィーン川の側の歩道は雪が溶けていない。やはり風が冷たいのだろう。カールスプラッツの周辺も、枯れ木の枝の雪や歩道の雪がそのまま残っている。気温がそれほど低いわけではないのだが、一度降ると溶けにくいのが岡山の雪との違いなのだろう。昨日と同じ登山靴で、ムジークフェラインの前の道を雪を踏みしめて帰った。地下鉄の駅の前も凍りかけていたので、明日はもっと歩きにくくなるかも知れない。

12. 23

 -3度-1度、曇り。最低最高気温が各地方とも総て同じ、珍しいことだ。向かいの家の屋根が昨夕と同じ状態だから、昨夜は雪は降らなかったようだ。

 ヴィーン川の辺りはやはり凍り付いているが、それほど歩きにくくはない。当分、登山靴のお世話になることになるようだ。郵便配達の人二人からクリスマスカードを貰った。そういう習慣なのだろうか。

 国立劇場前売り所に行って、30日の「ジプシー男爵」の券を買おうとしたが、「見えない席しかない」という返事で、初めて収穫なし。さすがに年末年始は客が多いようで、これまで比較的らくに買えていた為に安易に考え過ぎていたようだ。25日以後の予定がなくなってしまったが、手紙書きや翻訳などで過ごすことにしようか。ブルク公園のモーツァルト像、新王宮などの雪景色を撮り、市役所前まで行った。

 明日がクリスマスイヴという今日になっても、市役所前はまだ、かなり人が多い。飾り付けの元になる樅の樹を今日になって買って帰る人も見掛ける。名物のランゴスを初めて食べた。ピザの土台だけを油で揚げて調味料を塗り付けたような物で、素朴な味で、もう少し直径が小さければ申し分ない間食なのだが、私にとってはやや大きすぎる。今日が一番気温が低かったようで、長時間になったせいもあるが体中が冷え切る初めての体験をした。ムジークフェラインにも行くつもりだったが、明日に延ばして帰宅。暖房の有り難みがしみじみ判った。

 日本人の旅行客が増えた。リンク周辺では何処でも出会う。圧倒的に多いのは若い女性のグループ、学生ばかりではないようだが、どうしてそう暇なのだろうか。帰宅後、朝日新聞を通読。チェチェンに関する記事と、千田是也の追悼文が印象に残る程度で、前回ほどの感想はない。政治に関しては相変わらずよく判らない。

 今日買った牛肉は足のところで、320gで22シリング40、佃煮を作る為に切ろうとしたら骨があった。切れるところだけ切って茹でたら、骨分かれは良い。脂身が多くて、こちらの人はスープの材料として使うのだろうが、脂の味が凄く良い。日本ですき焼き用として使われているのはどの部分なのか知らないが、こちらの感覚としてはそれほど高価な部分ではないようだ。ナッシュマルクトですき焼き用の牛肉を売っている店があると聞いたが、一度確かめてみよう。

 日本人の味覚としては、高いところ必ずしも旨いとは言えないことがよく判った。ゆで汁のスープを塩味で飲んだが、これも素晴らしい味。脂身と筋との見分けが今後の課題ということか。面白く、必要に迫られる課題だ。牛肉の部分による違いを覚えて帰りたい。

12. 24

 -3度-2度、曇り。予報では雪のマークが出ていたのでまた降るのかも知れない。気温が上がらない為だろう、屋根の雪は殆ど溶けていない。

 終日、テレビを見る。期待はずれだったのは、各地のクリスマス風景や教会のミサの様子を見たいと思ったのだが、殆ど出て来ない。各地の修道院などの建物は出てくるが、オルガン以外はその場に流れている音楽とは関係がない。素晴らしいと感じるのは、恐らくはアマチュアと思われる、地方の小さなアンサンブルや合唱が、見事にハモることだ。特に、3、4人の重唱やせいぜい10人くらいまでの合唱、中でも男声合唱が素晴らしく綺麗だ。単純な和声によるものが多いので合わせるのが難しいわけではないが、実に美しく響く。

 重唱の場合などの歌い手の眼の動きなどを見ていると、アインザッツを「合わせる」技術が身に付いていることがよく判る。これは我々にもある程度真似ができる。だが、ハーモニーを「合わせる」ことは、それぞれの演奏者の耳によるしかないわけで、これが日本人にはなかなか真似できない。ポピュラー系の歌手が歌う場合でも、2人になれば2重唱、3人になれば3重唱になるのがこちらの通例で、しかもプロの響きがする。

 決して難しいハーモニーではなく、男女の取り合わせの場合、男声がテナーの音域なら6度下を、バリトン、バスなら10度下をとる。同声の場合は3度か6度下が多い。それが実に綺麗だ。その程度のことでも日本の場合はユニゾンで誤摩化すことが多い。そんな編曲ならできる人が幾らでもいるはずだから、重唱にしないのは、ハモる能力のない歌手が多いからだということになるのだろう。

12. 25

 -4度-2度、薄曇り。今日もテレビでは昨日からの続きで、[Richt ins Dunkel] をやっている。昨日の番組に出て来た歌なども録画で使われているあたりは安くあげている印象もあるが、国営放送が2日連続でやるキャンペーンだから、寄付が沢山集まるのも頷ける。

 11時から、アウグスブルクの教会からのミサがテレビ中継された。聖歌の歌詞や合唱も含めて言葉は総てドイツ語で、ラテン語は全く使われていない。オケと合唱は祭壇の後ろに広いスペースがあって、そこにいる。何という教会なのか調べて、一度行ってみたい。

 続いて12時過ぎから、ロ−マ法王のクリスマスメッセージの中継があった。ローマは0度という解説だったが、快晴の素晴らしい天気だった。広いバチカン広場が人で埋め尽されていて、肌の色も様々な人々がお参りしている。メッセージそのものはラテン語だったのかイタリア語だったのか。

 終わってから各国語で、「クリスマスおめでとう。よい新年を!」を繰り返した。初めはヨーロッパ圏だけかと思ったが、中東からアジアまで世界各国に及んだ。いったい幾つの言語を読み上げたことになるのだろうか。東アジアでは日本語が最初だったこと、法王パオロⅡ世の出身地ポ−ランド語が最後だったのが印象に残った。

 14時前に家を出て、オペラからシュテファンまで歩いてみたが、いつもより人通りが少なくて、歩いているのは殆ど観光客ばかりといった感じ、日本人もかなりいた。犬を連れているのはヴィーンの人だが、中には天然の毛皮の上にもう一枚着せて貰っている犬がいて、そんな必要があるのかと思うが、微笑ましくはある。シュテファンの中は風が当てないだけ暖かく、さすがに人も多いが、照明が消えていていつもより暗く、寂しい感じがした。23日ほどではないがやはり冷えるし、雪花が散り出したので引き返した。

 一般の人にとっては、クリスマスは家での子供中心のお祭りなのだろう。

 フォルクスオーパーでバレエを見た。「千夜一夜物語」は期待はずれ、さすがにリムスキー・コルサコフの「シェヘラザート」となると、この劇場のオケボックスに入れる数のメンバーでは手に余る感じがする。管は必要なだけは揃えなければならないし、そうすると弦とのバランスが悪くなるのは当然で、特に低音の金管が鳴り過ぎて浮いてしまう。トランペットもひどくバランスの悪いところがあって、原曲のハーモニーとは違う響きがしたところがある。バレエとしての構成は良いと思うし、技術もまずまずだと思うのだが、音楽に期待していただけに残念な気がした。

 「動物の謝肉祭」の方は子供たちは大喜びだった。洋平にもぜひ見せて遣りたいと思った。オケもこれはもともと小編成のものなので安心して聞けた。語り手の話す内容は判ったり判らなかったりだったが、次々に登場する動物たちがそれぞれの個性を良く捉えた振り付けで、凄く楽しい。原曲の各曲のタイトルに拘わらずに構成された物語だが、良く出来ている。さすがに「白鳥」はその侭、象がカバに変っている。フォルクスオーパーのバレエの為に今年創作されたもののようだが、バレエとして残る作品ではないだろうか。

 東京女学院という学校の生徒が団体で来ていた。日本人の団体は珍しくないが、さすがに制服の団体は初めて見た。修学旅行なのだろうか。高校の段階でヨーロッパまで修学旅行に来る時代になったのかと、隔世の感を抱いた。悪いことではないと思うが、私立学校の客寄せ対策の匂いがしないでもない。

2008.1.29

 この文章の12月23日の項に、「郵便配達の人二人からクリスマスカードを貰った。そういう習慣なのだろうか。」という箇所がある。恥ずかしいことにその時は何のことやら判らなくて、漠然と「習慣なのだろうか」と書いてしまったのだが、ヴィーンでは、郵便配達の人にクリスマスプレゼントをする習慣があるのだと、後で知った。つまり、23日の配達で知ったその人の名前を書き込んだカードを、プレゼントに添えて郵便受けに置いておくのだそうだ。

 オーストリアでは郵政事業は今も国営なので配達人も国家公務員のはずなのだが、この微笑ましい収賄の習慣はぜひ残しておきたいと思う。