4区を歩く -5.4

Last-modified: Sat, 17 Jul 2010 15:59:34 JST (3014d)

 3度16度、晴れ。朝の冷え込みはかなりだが、今日も気持ちの良い日。まず、シューベルトの葬式のあったヨーゼフ教会(この教会の鐘の音は私の住居にも良く聞こえて来る)でパネルを撮影、教会そのものは撮り忘れた。福原氏の著書にはマルガレーテ通りとあるが、シェーンブルン通りの誤りかもしれない。

 続いてシューベルトが最後の3ヶ月を過ごしそこで亡くなった、次兄フェルディナンドの家。ケッテンブリュッケが出来た当時の絵があり、興味があったが絵はがきはないという。高感度フィルムで撮ってみようか。展示されていたピアノはCからGまでの80鍵のものだった。恐らくはシューベルトが最後に触れたピアノだろう。フェルディナンドの作品も展示されていた。

 Wiedner-Hauptstraße 32 のグルックの最後の家は赤十字になっていて、入口に「グルックの住んだ家」とだけ表示されていた。同じ建物の左端に、「シベリウスが住んでいた」という横顔入りのパネルがあった。これは案内書には記載がなく、拾い物だ。

 続いて、全長10mにも満たないモーツァルトガッセを通って、モーツァルト広場でモーツァルトの泉を撮影。泉は思ったより小さいが気持ちの良い広場で、泉を取り巻いてベンチがたくさん置いてあり、日向ぼっこをしている人が多かった。ちなみに、10mにも満たないガッセが他にもあるのかどうか、ひょっとするとヴィーンで一番短い通りなのかも知れない。

 ブラームスが演奏会を開いたというホールの正面にはKAWAI SAALという表示があった。現在はカワイの所有になっているのだろうか。おさらい会といった感じのポスターが貼ってあった。

 最後に、レストラン「ベオグラード」に行った。「Stammtisch」(常連席)はピアノの形をしていて、壁にはヴァーグナーとリストの絵その他が飾られている。フライポテトをつまみにワインを飲みながら、向かいの常連席に座っているヴァーグナーとリストの姿を想像してみた。この建物には、当時ヴィーンの宮廷楽長だったドップラー(ハンガリー田園幻想曲の作曲者)が住んでいたようで、彼も同席したことがあるのかも知れない。

 帰りに、近くのナッシュマルクトで買い物。